ルーマニア 晴れ時々曇り

ルーマニア・ブカレストに暮らす小生の備忘録。 連絡は、次のアドレスまで。迷惑メール以外は歓迎します。 Bucurestian(at)gmail.com

Wednesday, June 20, 2007

キシニョフ旅行

思い立って、隣國モルドヴァ共和國の首都Kishinev(ルーマニア語でChişinău)へやって来た。前回当地を訪問したのは2005年の10月。ウクライナの首都Kievへの道中に半日滞在しただけだ。よって事前の情報は殆どない。ただ、当地で暮らす知人がいるので、今回は安心感はある。

昨夜、Bucharestからの夜行バスは、Galaţiを経て、ルーマニア側の國境Oancea、モルドヴァ共和國側のCahulを深夜に通過、早朝6時に首都Kishinevに到着した。ほぼ満員の車内は時代遅れの観光バスで、壊れているのかもしくは意図的なのか、冷房ではなく「送風」であった。この時期、夜中から朝方はやや涼しいのであるが、車窓は開かない。よって快適な旅とは行かず、睡眠もままならなかった。

モルドヴァ共和国は、かつてはルーマニアの一部を成していた地域で、第2次世界大戦後はソ連邦に組み込まれた。ソ連邦解体後に独立して現在に至っている。このような経緯があるので、現地での公用語はルーマニア語とロシア語である。ただ、彼らはルーマニア語とは言わずモルドヴァ語と呼ぶのは多少違和感がある。

バスターミナルに迎えに着てもらい、知人宅でシャワーを借り、2時間ほど仮眠をさせてもらった。昼前に市内中心へ出掛け、日本料理店で昼食を取った。本格的な店構えでもなく、喫茶店のような格好である。前回来た時は、この場所はインターネットカフェだった。経営者はロシア人でというので、最近Moscowで大流行の日本料理がKishinevにも来たのかと思った。

メニューはロシア語で記載されていた


左上のサラダにある「コンブ」を注文


コンブサラダ、醤油で食べた


担当してくれた服務員女史、中國風の衣装


昼食後は街のメインストリートŞtefan cel Mare大通りを散策する。この通りの名前はルーマニアではどの街にもある名前のせいか親しみやすい。小さな街なので、この散策もそんなに時間は掛からない。モルドヴァといえば名物はワインやブランデーである。ソ連邦時代から広大な領地の隅々までモルドヴァとグルジアのワインボトルが流通しており、現在のロシアもそれを受け継いでいるという。そのような有名ワインであるが、昼のテラスではビールが似合う。

今回のKishinev滞在も半日である。
夕方のBucharest行きの列車でルーマニアのモルドヴァ地方の都市Iaşiへ行かなければならない。知人が出演するオペラに招待を受けたのだが、この列車では公演前いや公演中にも間に合わない。僅か130kmの距離を6時間以上掛けるのだ。國境審査があるのは承知だが、その他に重要な作業が列車に施される。広軌から標準軌へのレール幅変更に伴う車輪の付け替えである。欧州大陸では殆どが標準軌なのであるが、旧ソ連邦諸國では広軌が使用されており、モルドヴァ國鉄もこれに倣っているのである。

実は、朝到着時にKishinevからの適当なバスを探したのであるが、なかったのだ。
列車移動はこのような國境駅のUngheniで足止めを受けるため、この駅からバスもしくはタクシーを利用しようと決めていた。併しバスは無く、道路の國境Sculeniまでタクシーで向かう。
白タクの運転手は慣れたもので、ルーマニアへ向かう乗客を駅前から扱っている。國境につくと、今度はIaşiへ向かう車が待機しているのである。これらも白タクで、この距離を往復している。同時にタバコをルーマニア側に届ける副業もしているようで、乗客にタバコの有無を必ず尋ねる。小生はタバコに縁がないので、その旨告げるとタバコ屋で購入する。何故か銘柄はMoreだった。ところで、このタバコ屋は、國境越える客を専門に販売しているようだ。EUの要請でタバコの値上げが段階的に続くルーマニア相手だと、これからも繁盛するんだろう。なお、國境の手前であり、免税店ではない。

SculeniからIaşiまでは、道も良く30km弱の道のりもすぐに到着である。今回のタクシーの利点としては、値段も手頃で、会場の前まで荷物ごと届けてくれたことだ。運良くオペラの最終幕には間に合い、空調の無い会場では大変な熱気は、昨夜のバスを凌ぐものだった。

夕食はタルタルステーキ


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