ルーマニア 晴れ時々曇り

ルーマニア・ブカレストに暮らす小生の備忘録。 連絡は、次のアドレスまで。迷惑メール以外は歓迎します。 Bucurestian(at)gmail.com

Sunday, December 31, 2006

ウィーン旅行 vol.4 Wien 大晦日

列車で半時間揺られ、目的地であるWienへ到着。
今回は道中に2つの街に寄り道したので、ようやくとの思いもある。
市内中心近くの知人のゲストハウスで荷を解き、市内散策へ。
Bruck an der Leithaとは違い大都市であるWienを散策するには選択肢がいくつもある。
ハプスブルク帝國の中心だった都市で、各種有形無形文化も育ち、それらは今に続いている。見所が無数にあると言うわけだ。おまけに戦災は小規模であったことから、中世の街並みが今なお息づいている。

1996年暮から毎回年末年始をWienで過ごし、その他の機会にも何度も訪問している小生であるが、Wienを飽きるということはない。併し、観光案内書に掲載されているところへは半分も出掛けたことはないのだが、散策していてふらりと入る博物館や美術館それに教会、もしくは市場や商店それにカフェや演奏会のそれぞれが小生を満たしてくれる、Wien滞在は散策という方法で楽しむのが小生のお薦めである。

この日のWienは例年の如く、中心のケルントナー通りで爆竹が鳴っている。午後2時頃にも関わらず爆音が響いている。小生の記憶であると1999年暮あたりから、日中に爆竹を鳴らし始めているように思う。それ以前は、真夜中のカウントダウン後、まさに新年が明けたそのときから爆竹が突然、Wienの中心ステファンス広場とそこに入る通りを埋め尽くした群集の中で鳴り響き、数分でステファンス広場にぽっかりと空間ができていた。シャンパンやワイン等を持参して年を越した人々は乾杯をして飲み干した後、ボトルもグラスも広場へ投げつけガラスの破片が出来る高い音が煙の中から爆音と共に聞えたものだった。併し、最近では広場は日中から爆竹会場としてほぼ占拠され、カウントダウンの時間になてもその空間は存在している。

この年から登場した豚の帽子(5ユーロ~)を扱う屋台


市内中心では通りにこの日限りの露店が出されおり、豚やきのこ、そして四葉のクローバー等の縁起物グッズをはじめ飲み物やソーセージそれに焼き栗等が提供されている。中でも人気はグリューワイン(Glühwein)。見た目は湯気の立つ赤ワインであるが、丁子をはじめとした香辛料煮込まれている為に良い香りを伴う。冬場は広く欧州飲まれており、ルーマニアでもヴィン フィエルト(Vin fiert)として寒くなると目にする機会が増えるのだが、ルーマニアでは白ワインベースのものも存在している。なお、砂糖も一緒に煮込まれている為に香辛料の香りと口当たりの甘さ、それに加熱されて少々アルコールの飛んだこともあり、大変飲みやすいカクテルと例えることができるだろう。勿論、身体が暖まり、ややほろ酔いの良い心地を味わえるのだ。このグリューワインは専用のマグで販売される。これらのマグは毎年異なるデザインで小生のコレクションにもなっている。
通りにはマグを片手に観光客が多く歩き、日が暮れるにつれその数も増えていくのである。

この露店ではXXXLホットドッグの看板を掲げていた


夕食には市内の外れへ出掛けた。これも情報無しでの行動。小生の旅の楽しみの1つだ。
地下鉄に乗り、適当な駅で下車してその辺りを歩いて探す。今回下車した地域は下町のようなところだった。観光客も居ないせいか大晦日の夜に店を開いているレストランや食堂を探すのは難しかったのだが、そのうち1軒を見つける。庶民的なところで取り分け看板やメニューに○○料理ということも書かれていない。ビールだけ飲みに来ている地元客も大勢いた。L字の店内の半分は貸切パーティーに使われているようで大音響の音楽が流れていた。小生はカーテンで仕切られた貸切られたスペースの際の席へ通されたかので、騒々しい中で今年最後の夕食をとることになった。音楽だけでなく小学生くらいの子供からお年寄りまでが出入りが多く、落ち着くことも無かった。併しこういう状況もルーマニアでは珍しくない。それに旅先だからそんなに気にならない。むしろ何のパーティーだろう、忘年会かな?などと思いを巡らせながら、かれらの笑い声に耳を傾ける。併し、聞えてくる言葉の半分以上はなんとルーマニア語だった。

食事を終え、会計を済ませ、手洗いへの道を聞くと、貸切スペースの先にあるとのこと。仕方なくカーテンを開き中に入り、近くに人に声を掛けて進む。大音響で人々は歌い踊り話をしていのだが、一人が小生に気付くと皆に注目される。用を済ませ会釈をして戻ろうとすると、皿に取り分けられた食べ物をいただいたり、飲み物のリクエストを訊かれたりした。こういうホスピタリティはルーマニアのままだ。小生の席はないのでさっきまでいたテーブルに結局戻り、何人かがグラス片手に一緒に付き合ってくれる。小生はドイツ語が話せないし、彼らには英語が通じない。結局ルーマニア語での会話となる。違和感のあるルーマニア語を話すなと思って話を進めていると、彼らはユーゴスラヴィア(セルビア)出身のグループとのこと。ブルガリアとユーゴスラヴィアとの國境近辺のドナウ川の右岸の地域の人々はルーマニア語を話すと聞いたことがあり、出掛けてみたいと思っていたが、まさかWienでしかも30人のグループと会うとは思わなかった。彼らによると忘年会と出席者の誕生日パーティーが一緒に祝われているとのこと。
30分くらい一緒させてもらい、市内へ向かう。カウントダウンの見物にはまだ時間もある。

今年最後の夕食のメインは豚肉のソテーとソース


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